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MIYAGAWA
SYOUGYOUKAI



 
茅野の実家のすぐ近くに「おかめ神社」の社がある。創建は昭和初期、当時の「宮川商業会」により建てられた。菓子屋を営んでいた父も神社建設の発起人の一人であったらしく、右の手洗い盤に名前が刻まれている。土地の造成は商業会員の労力により行われた。子供たちも総動員で、大八車やリヤカー等で「石炭殻」を運搬し、埋め立てを手伝った物である。お祭りの時は、「おかめ様」の面を建てた「長持ち」が出てにぎわっていた。拝殿正面に「発句の額」が奉納されており、その額内の右側に「女神の踊る絵」が描かれているが、どういう神様なのかはっきりしなかった。先に帰省の折り、「おかめ神社の祭神は『天鈿女命』であるが、少し調べてほしい」とのことであった。そこでとりあえず『天鈿女命』に関する資料を集める事にした。今概略がわかったことは、次のようなことである。

1.古事記・日本書紀に書かれているように、昔、天照大神が天の岩戸に隠れた時、岩戸の前で舞を舞った女神で、後々には「舞踊の神」としてまつられるようになったこと。

2.「ににぎの命」が天孫降臨の時、「猿田彦命」が道案内として現れその時の交渉役に当たった女神で、後には猿田彦命と共に「道祖神」としてまつられるようになったこと。

3.記・紀にある「天の岩戸」や「天孫降臨」の物語は、後に神学・能・狂言・絵画等の題材として取り入れられている事。そして『天鈿女命』の面は狂言の面としていわゆる「おかめ面」となり、これが「ひょっとこ」と一緒に面白おかしく踊られるようになった事。

4.能楽「三輪」の面は「天の岩戸」に関する舞いが奉納されること。

5.前記道祖神の男女の像は、「猿田彦命」「天鈿女命」が彫られているのもあること。

6.「おかめ神社」は隣接の三輪神社・道祖神とも能楽あるいは昔物語を通し関連のある神社であること。

7.この女神に関する神社は各所にあり、芸能の神・道の神・各種の福の神として祭られにぎわっていること。

以上現時点での文献上のことだけであるが、今後は能・狂言あるいは各神社等の実地見聞を行い、まとめていきたいと考えている。取り急ぎ雑駁な資料であるが、地元の方の参考の資ともなれば望外の幸である。

平成九年二月 河田角二郎/誌